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礼拝説教要約(2017423日)

「新しい時代への開眼」     聖書・ルカ福音書241335

 日本の新しい時代と言えば、皆さんは、いつを連想するでしょう。大部分の人は明治維新ではないでしょうか。この時代を導いた代表的な人々として、誰を思い出しますか。勝海舟、西郷隆盛、坂本龍馬は除外できないでしょう。この3人がいなかったら、明治維新は無かったでしょう。幕府軍と薩長連合が戦い、江戸は火の海となり、弱体化した日本は欧米列強によって植民地化されていたのではないでしょうか。この3人は互いに違う立場にありながら、共通のものを持っていました。それが聖書の教えであり、キリスト教でした。

 勝海舟は遣米使節として咸臨丸の事実上の艦長として渡米。広い世界を見た海舟の視野は広く、彼は開国論者となった。勝海舟の屋敷内に、東京商法学校(現・一橋大学)開校のため来日したウイリアム・ホイットニーは家を建てさせてもらい生活したため、勝海舟一家と深い交わりを持った。そのため海舟の娘・孝子と逸子は早いうちに受洗した。又、海舟の三男・梅太郎はホイットニーの娘・クララと結婚し6人の子を授けられた。勝海舟の屋敷跡に現在、赤坂教会が立っている。それはホイットニーの長男・ウイリスが海舟から400坪を買い受け、赤坂病院を建て病院伝道を行なったことが契機となっている。貧しい人に対しては無料で治療したこともあって、病院経営は続かなかったが、これが赤坂教会の始まりである。勝海舟も晩年になってキリスト教の信仰を告白した。

 西郷隆盛は民衆に聖書を教えていたことが明らかになっている。西郷隆盛の言葉として最も良く知られているのは「敬天愛人」である。その内容は「道というのはこの天地のおのずからなるものであり、人はこれにのっとって行くものであるから、何よりも先ず、天を敬うことを目的とすべきである。天は他人も自分も平等に愛したもうから、自分を愛する心をもって人を愛することが寛容である。」というものである。これは明らかに主イエス様が「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』…『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」(マタイ22:37~40)と言われたのと合致している。

坂本龍馬は薩長連合の立役者です。彼は各開国論者の勝海舟を殺そうと思って訪問したとも言われています。しかし、海舟の話に感服し門弟となりました。姉宛の手紙には、勝海舟を日本第一の人物として紹介しています。又、彼はフルベッキ宣教師と長崎で出会っています。彼自身が信仰を告白したかは定かでありませんが、龍馬の夢を受け継いだ姉の息子で坂本家の後を継いだ直寛は北海道に渡り牧師となっています。直寛の兄で龍馬の養子となった直をはじめ坂本家の全員がクリスチャンになっています。

聖書の教えを知り、キリストを信じるとき、真の世界のあり方を知ることが出来ます。だから、滅び行く世界ではなく、新しい時代への目が開けるのです。

そのような新しい時代への目が開かれた最初の人々が、今日の聖書箇所に記されています。復活の主を最初に見た栄誉はマグダラのマリアに与えられました。その他にも12弟子に先立って、復活の主にお会いした人々がいます。彼らはイエス様の死で失望し、故郷へ帰る途中だったのでしょう。しかし、二人は話し合い論じ合っていたのですから、全く諦めていたわけではなかったようです。それは、イエス様は死んだけど、復活した主イエス様を見たと言う婦人たちがいたからです。未だ希望が有るのではないか。エルサレムに引き返そうか、どうしようかと迷いつつ論じていたのでしょう。

そこに復活の主イエス様が近づいて来て、一緒に歩き始められました。彼らはイエス様が尋ねるままに語り始めました。イエス様の力ある業に、救い主としての望みを賭けていたこと。イエス様の十字架での死。しかし、イエス様が復活し生きておられるとの御告げの有ったこと等です。この弟子たちは同道者がイエス様であることに気付きませんでした。「心が鈍く預言者たちの言ったこと」(:25)を信じていないからだとイエス様は嘆き、「モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。」(:27) その時、心が燃えるのを感じたにもかかわらず、依然として彼らの心の目は閉ざされていました。心の目が開かれないと、真理は見えないのです。讃美と祈り、聖餐(ここでは、主の手によるパン裂き)を通して主の臨在に触れたとき、彼らの心の目が開かれました。心の目が開かれるなら、もはや肉眼の目でイエス様を見れなくても不安はありません。信仰の目をもって見、生きる、恵みの時代が始まったからです。いつも、どこでも復活のイエス様が共におられることを確信できる。それが、心の目が開かれた者の新しい時代です。「見ないのに信じる人は幸いである(ヨハネ20:29)」とは、恵みの時代に生きる私たちのことです。

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